あの日、松の廊下で

白蔵盈太さん著「あの日、松の廊下で」が面白い

浅野内匠頭が吉良上野介を切りつけた江戸城松の廊下事件。

常に、浅野内匠頭=善、吉良上野介=悪として描かれることに居心地の悪さを感じていたわたしにとって、この作品は「これが事実だったらな~。」と思わずにはいられないくらい痛快でおもしろい作品でした。

2021年4月発売とのことなので少し前の作品です。
第3回歴史文学賞最優秀賞受賞作のようです。

独特の視点で描かれたこの小説のおもしろポイントを3つあげたいと思います。

吉良上野介はいい人

わたしは、吉良上野介ゆかりの地・愛知県幡豆郡(現在の西尾市)吉良町のご近所である岡崎市で生まれ育ちました。

地元が近いんでついつい吉良上野介の肩を持ってしまう、という事情もあるんですが、帯刀すら禁じられている江戸城において、突然吉良上野介に切りかかったのは浅野内匠頭なのに、なぜか、「浅野内匠頭=善、吉良上野介=悪」として語らてしまうことに、なんで?と素朴な疑問を抱いていました。

どっからどうみても極悪人に見える人ならまだしも、普通に考えれば悪いのは浅野だよね?なんで吉良が悪者にされちゃうの?と思ってました。

この作品において吉良上野介は、悪人などではなく、
「真面目で、私利私欲を捨てて己の責務を果たそうとする高潔な人」として描かれています。

口外できない事情をかかえ苦悩する吉良上野介の心情を上手に描き、一方で、浅野内匠頭の人間性も否定しない描写がとても心地がよいです。

著者の心情描写がうまいし、また史実も踏まえて考えると、「フィクションと書いてはあるけれどもこれが事実なのでは?」と思えてしまいます。(というか思いたい。)

Aが善でB が悪ですという単純な構図ではなく、AもB も善だけどボタンの掛け違いで刃傷沙汰になってしまったよ、という捉え方がとても新鮮で面白いです。

梶川与惣兵衛の苦悩

この小説は、浅野内匠頭と吉良上野介の間に挟まれ右往左往する梶川与惣兵衛の視点から描かれています。

第三者目線、しかもそれまで両者と一緒に仕事をしており、更に切りかかった浅野を取り押さえたという、両者のことをよく知るごくごく近い位置にいた人物の目線というのが新しくて面白い。

両者を尊敬し、なんとか刃傷沙汰を食い止めたかったけれどもできなかった悲しさ・苦悩が伝わってきてぐっときます。

大石内蔵助は無能

著者は、浅野内匠頭が刃傷事件を起こした責任の何割かは、無能な浅野家の家臣にある、と断言しています。(断言というか、梶川の言葉として語らせています。)

なかでも、忠臣蔵の中心人物であり英雄として描かれることの多い大石内蔵助については、「平時地味できめ細かい仕事は何もせず、主君が不祥事を起こして浅野家が崩壊したあとに仇討ちだけはきちんとやる。馬鹿じゃないのか。」とこき下ろしています。

大石さんに恨みはありませんが、正直痛快でした( ´ー`)

吉良さんばかり悪者にされるので、たまにはこき下ろされてもいいんじゃないのでしょうか。

まとめ

浅野内匠頭=善、吉良上野介=悪という描かれ方にもやもやを抱いていたわたしにとって、この作品は痛快でした。

普段、時代小説が好きでよく読むんですが、史実に基づく歴史小説はあまり読みません。

理由を深く考えたことはないんですが、偉い人が何かを成し遂げる姿というのは勉強にはなるけれども、どこか遠すぎて感情移入がしずらいからではないかと。

しかし、この作品は吉良・浅野・梶川それぞれの抱える苦悩が現代人にも通ずるものとして描かれており、それぞれに感情移入ができます。

歴史小説がそんなに得意ではない人であっても感情移入しやすくおススメです。

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